口腔衛生について


1. 口腔と全身の関わり 〜健康な生活を送るために〜
口腔内の慢性炎症が、二次的に全身に影響を及ぼす病巣感染の存在は、古くから知られていますが、最近アメリカで大規模な疫学的調査が行われ、その結果、次の様な歯周病と全身の直接的関連が明らかになりました。
  1. 歯周病にかかっている妊婦に、未熟児出産や早産が多くみられる。
  2. 歯周病の放置は、心血管系疾患の危険性を増加させる。
  3. 歯周病は、糖尿病を増悪させる。
  4. 口腔内の細菌の誤嚥が、高齢者の肺炎の原因となる。
歯周病は、歯周組織が破壊される疾患です。その進行には、プラーク(歯垢)の存在が関与しています。プラークとは単なる食物による汚れではなく、細菌が付着増殖してできる細菌叢です。歯を支える歯槽骨の破壊と吸収が、歯周病の大きな特徴ですが、原因菌の表層の成分のリポ多糖が、骨髄中の幹細胞を刺激、破骨細胞に分化させ歯槽骨を破壊します。炎症の初期には、歯の周囲の歯肉溝から細菌に対抗するために、歯肉溝液という組織液が分泌され、進行を止めようとします。その組織液中の白血球によって、炎症性サイトカインや炎症性メディエーターが産生され、炎症がひどくなると、本来炎症を抑える側に廻るはずのこれらの物質が過剰になり、破骨細胞を活発化させ歯槽骨を破壊します。
正常な歯肉溝は炎症が進行すると、歯と周囲の歯肉を結び付けている上皮が破壊され、歯周ポケットという状態になっていきます。歯周ポケットの内面は、炎症によって破壊された病的な組織ですから、細菌はその部分から簡単に血流に侵入することができ、歯性菌血症を生じさせます。細菌由来のリポ多糖も、同様に体内に入り込むことができます。
歯肉溝浸出液中で産生された炎症性メディエーターのひとつであるプロスタグランジンには,子宮収縮の作用もあるため、重症の歯周炎に罹患した妊婦の早産のひきがねになる可能性があります。
また、歯面に付着したプラークの中で増殖した細菌は,毒素や酵素などを産生し組織を障害します。原因菌のひとつが産生するジンジパインという酵素が、全身性血管内凝固症候群を,細菌の表層の成分のリポ多糖が心筋梗塞を、歯周ポケットから侵入した菌による歯性菌血症から,時として心内膜炎や敗血症を発症する可能性も指摘されています。
そして、重症の歯周病によって過剰に産生される炎症性メディエーターのひとつの腫瘍壊死因子は、糖の取り込みを抑制させる因子と考えられています。歯周病の治療によって血清中のこの因子が減少すると、糖尿病の代謝コントロールも改善するという仮説があり、これを説明するための研究もされています。結論はまだ出ていませんが、歯周病の炎症巣から産生される物質が、何らかの形でインシュリン抵抗性に働くのはまちがいないと考えられています。臨床的には、歯周ポケット内細菌に対して化学療法を併用した、糖尿病における歯周病の治療方針の確立が必要とされています。
最後に、誤嚥による肺炎は、口腔が消化器の入り口であるとともに呼吸器の入り口でもあることから生ずる問題です。むせたり、ひきこんだりする時、口腔内の食物片、唾液、細菌が、喉頭から気管へと誤って入り込み、しばしば肺炎を引き起こす原因となります。その予防法は、口腔内の細菌を少なくすること、すなわち口腔内を清潔にすることです。これは、家庭で高齢者を介護する時も、肺炎を予防するための重要なポイントです。
 口腔の機能の維持と改善によって、生活の質の向上に貢献するという歯科医療の目標は永久に変わることはありませんが、治療に携わる側と治療を受ける側ともに、歯科医療に対する意識の変革が求められています。それは、『全身の健康のための、口腔の健康』です。
歯科口腔外科部  部長 千賀人美